謙虚であること、強さと弱さ

謙虚であることは、難しいです。

子供の時から霊力がある方が周りに多くいる環境でした。そういう方たちは、周りの人をものすごく惹きつけるのですが、幼いながらに違和感を持っていました。率直に言うと、あまりきれいじゃないという感覚でした。

ぱっとみて力があるように見える人をよく観察すると、アンバランスな感じでした。その人から見て、力がある人への態度と力がないと判断している人への態度がまったく違う場面が多かったのです。

霊力があることと、その人が人間的にも霊的にも覚醒しているかは同じではないのだ、と感じていたように思います。なのに、なぜみんながあの人は霊的地位が高いとか特別な人だとかすごい人だと持て囃すのかがわかりませんでした。

霊力があって人間的に覚醒している方たちは、霊力があることよりも人間的な魅力を周りの人に表現していらして、笑顔が子供のようだったり、頑張らない姿でも人に見せられるし、自分をはっきり持って、人に委ねることのない自分の信念にもとづいてすっと立っているのです。バランスがよく美しいなという感覚でした。

自分の弱みを知って、そしてそれを隠そうとしない。力だけを行使しようとしない、そんな在り方が謙虚さだと思います。

強いことばかりを表立って示すときも、弱い弱いとばかり見せすぎているときも、実は傲慢なのかもしれません。
どちらもあるというバランスがベストですよね。実はギャップ感のある人ほど、モテるんですから。

そういう人になるためには、やっぱり愛と喜びなのかなと思っています。これらの不足は、強がり過ぎや弱すぎを生み出します。

一見力があるように見える強がっている人に、自分を弱すぎにしている人が惹きつけられて、自分には無いもの(自信、霊力、お金など)を持っているその人をすごい、と思ってしまうのかもしれません。

弱すぎる人が自分の強さを知った時、すごいと思っている人がただの強がっている、愛が不足している人だとわかる。

強がっている人が自分の弱さを周りに見せた時、弱すぎる人は、自分が立たなければと覚悟を見出して強くなる。

そんなお互いの学びが、世界のあちらこちらで起こっているとしたら、すべては創造的で、大きな愛なのだと感じます。

自分の中の違う自分を知り、それを認めて、ありのままでいることが、謙虚でありつづけようという姿勢になる。

傲慢で執着もあり、わがままだけど、それも私。でも謙虚さは見失いたくないと思います。

ある時期にはっとしたのですが、ネガティブな体験はそれをもう一度経験しないためにあるのだとわかったのです。

両親が見せてくれていたカルマを繰り返すために、同じカルマ的な状況になるのではなく、そうならないために同じような事が起きるのだと、理解できました。変える力があるから、今自分に起きているし、変えられないことならそもそも同じ繰り返しだとは感じないはずだ、と。そして、それってとても幸せなことだな、両親の愛はすごいなと思ったのでした。

謙虚さの話から離れたような気もしますが、もし「あ、この状況ってまた・・・」と思ったら、同じようにならないために起こっているのかも、私にはそれを変える力があるから今起こっているのかも、と少しでも感じてもらえたらいいなと思います。

癒しやスピリチュアルという目に見えないものをお仕事にしているからこそ、人間としての成長を大切にしたいし、霊力や成功やビジネスだけを追い求めることのないよう、自分を見つめながら、クライアントやセラピストの育成を行っていきたいです。

お読みいただいて、ありがとうございます。

ABOUTこの記事をかいた人

ヒーリング講習・錬金術講習・シャーマン覚醒などを行うスピリチュアルティーチャー。シャーマン、ヒーラー、錬金術師。独自ワーク開発多数。リーブスシニアトレーナー。セラピスト、ライトワーカーの育成に邁進中。宇宙的視点での施術が得意。5人の子供の母でもある。